初手から絶版になった本をご紹介するというのも、編集プロダクションのブログから発信する読書日記としてどうかと思いますが、まだ入手は可能なようですので(各ネットショップに在庫があります!)。
『ファシズム体制下のイタリア人の暮らし』(ジャン・フランコ・ヴェネ著、柴田均訳、白水社刊、3,466円)
――1920年代初頭より約20年間のイタリア王国における、庶民の生活がクローズアップされています。冒頭から、イタリア人の暮らしのディテールが、事細かにこれでもかとばかり機関銃のように叩きつけられてきます。「イタリア・ファシズム」年表に血と肉とをつけることができる、ほぼ唯一の邦訳書です。
書籍の企画の立てかたとして、「自分の読みたい本を考える!」という方法はあります。しかしいま、この本の類書が読みたい気持ちはあれど、企画を通す自信が1ミリたりともありません。
白水社様の"漢気(おとこぎ)"の成せる業でしょう。
たとえば次のような経験から、「イタリア・ファシズム」には理解しにくいものを感じていました。
おととしファルージャが空爆に遭ったとき、イタリアのとある小さな町で、「反戦の人文字を航空写真に撮ろう!」というイベントが行われるはずでした。
はずでした、というのは、イベント開始に遅刻してきた参加者が大勢(「たいせい」。「おおぜい」じゃ済まないところが恐ろしい)を占めたからだそうです。
それだけならまだ取り返しがついたものを、参加者各位が勝手な動きをしたために(主催者から指定された人文字用の板じゃなくて、自分の好きな色の板を持っていってしまう。また、指定通りの板を持った体勢で友だちを見つけ、そっちに行ってしまうなど)、収拾のつかないまま飛行機の燃料が切れて写真が撮れなかったと。
私はこのイタリア人たちに少し腹を立てていました。というのも、HP上に「こんなイベントやるよ」という宣伝をしておきながら、いつまで経っても写真がアップされない。果てはリンクが切れました。事情が事情ですから、「まさか右翼に潰されたか」、「警察隊に弾圧されたのだろうか」などと案じつつ、つたない語学力を総動員してよそのサイトから調べたらこの始末です。
よほど、北朝鮮から人民を空輸してきてお手本を見せてもらうのがいいと思いました。
あるいは第二次大戦中、ドイツの爆撃機とイタリアの護衛機が一緒に空爆に行こうとしたら、イタリア軍が遅刻して、護衛機なしで空爆を敢行したドイツ軍がえらい目に遭ったという、しょうもないエピソードをご存じのかたも多いのではないでしょうか。
冷静に考えれば、尋常でない突発事が起きているのに予定を変えないドイツ軍もドイツ軍です。少しは「中止しよう」とか思わないのでしょうか。しかし、彼らを冷静でなくしてしまった――敵よりもむしろ味方を惑わす、こんなだいじな約束に遅刻して――イタリア人とは?
戦わないにせよ戦うにせよ、
「それは本当にファシズムの嚆矢たる国のやることなのか?」
――このような素朴な疑問を抱いたとき、解答のヒントを与えてくれる貴重な1冊です。
(スタッフA子)